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2011年7月30日 (土)

マジックとの最初の出会い

  マジック―昔は手品と言っていました―を初めて見たのは、小学校5年の頃だと思います。近所のおじさんが紙巻煙草(古臭い言い方ですね。当時はキザミの煙草を小さな道具を使って紙に巻いていたのです)を耳から出したり、反対側のl耳から出したり、鼻から出したりする手品を見せてくれました。子ども心に凄いなあと驚いたものです。

 次に見たのは、高校3年の正月に友人の家に友だちと行った時のことです。友人のO君の父親が、正月のお酒の徳利を紐で吊り上げる手品を見せてくれました。その父親の得意そうな顔を今でも思い出すことができます。この手品のタネは後に本で知りました。

 大学生の時には、三越の前身のオリエンタル中村という百貨店が栄にあり、手品売り場がありました。あるとき実演販売を見ていて、欲しくなりました。誰にでもできるか聞きましたら、いとも簡単にできると言ってやって見せてくれました。

 それは、スポンジを切って作った小さなウサギで、オスとメスのウサギが出たり消えたりした後、一つの手に入り、たくさんの子どもが生まれてくるというものでした。他にもシンプルとか四つ玉とかリンキングピンなどがセットになっていて、確か600円ぐらいだったと思います。

 そのセットは今でも残っていますが、ウサギは今はできますが、四つ玉もシンプルもいまだにできません。解説を読んだだけでは簡単にできるものではないからです。

 同じく大学生の時、近所にSさんという手品で有名な方がいて、バス停でバスを待っているときに簡単な手品を見せてくれました。

 ポケットから緑の小さな木をだして私に一つ渡し、自分も一つ持って同じようにやるように言いました。ところが私の方はそのようにはできないのです。では、取り替えてやってみようと言って取り替えたのですが、取替えのテクニックで結局同じ物を持たされるのでできませんでした。

 Sさんは、やり方を教えてくれてその手品をくれました。いつでもどこでも手品を見せるので有名でした。

 Sさんと父が知り合いだったので、いつでも手品を教えてあげると言ってくださったそうなのですが、なんだか厚かましいような気がして遠慮が働き結局そのときは習いに行きませんでした。

 就職して、ある日大須演芸場に見にいたことがあるのですが、そのとき、男性の手品師がリングを演じたのを見ました。ほとんどかぶりつきで見ていたのですが、どうしてリングがつながったり離れたりするのか分からず、とっても不思議でした。今思うとリングの基本の形を演じていただけなのですが、その不思議さは今でも鮮明に覚えています。

 手品を目の前で見たのはそれだけでしたが、それだけに強く印象に残っています。

 手品という言葉は今は余り使われなくてマジックと言っていますが、私は「手品」というアナログな言い方が好きです。

 デジタルの時代、CD技術を駆使して見事lなマジック的な映像をふんだんに見ることができますが、私は、アナログな手品が大好きです。

                               ―H.S―

 

 

 

 

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