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2013年2月 7日 (木)

おしゃべり力について

 先週の26日の朝日新聞beの「お金のミカタ」という欄に「『おしゃべり力』を身につけて人生を豊かに」ということを金子由紀子さんが書いている。

 行きつけの喫茶店で、金子さんはおしゃべりに花を咲かせる中高年女性の会話が耳に入ってくるそうだ。話題は多岐にわたっていて、ご近所の噂から芸能人の噂話、最近の政治に関する意見までさまざまだという。

 こういうおしゃべりを「たかがおしゃべりとあなどるなかれ。「おしゃべり力」は、実は社会共有の財産なのだ。」と書いている。

 「おしゃべりの題材の中には自治体の担当部署には見えづらい、地域の重要な問題が含まれていることもしばばあるようだ」という。それが行政に反映されるなどよい動きにつながる可能性を指摘する。

 「おしゃべり力」は、個人の生活をも豊かにする。なにしろ金がかからない。人間関係を円滑にし、人々をつなぎ、最高のレジャーだという。買い物をするにも、道を聞くにも、「おしゃべり力」が高いと得をすると述べる。

 「一文の得にもならないかに見える『おしゃべり力』だが、実はやはり、見えないところで私たちの暮らしを豊かに、安心できるものにしている。」と書いている。

 私は、自分では常々「おしゃべり力」が弱いと感じていて、「おしゃべり力」が旺盛な人を羨ましく思っている。

 もっとも、「おしゃべり力」をどう定義するかということもあるが、ここでは日常生活での日常会話の「おしゃべり力」ということにすると、私は弱いことになる。

 知人の女性の中にとりわけ「おしゃべり力」の高い人が何人もいる。概して女性はおしゃべりなのだが、その中でもとりわけ「おしゃべり力」に秀でているのだ。

 どこかで初めて会った人にでも気楽に声を掛けたり、見知らぬ人が多い会合でも場の雰囲気を和ませたりする。

 私が羨ましいと思う「おしゃべり力」に、「冗談」がある。ダジャレやジョークがポンポンと口をついて出る人がいる。私は落語が好きだから、どうしたら冗談が言えるのか気を付けて学ぼうとしているのだが、なかなか実践できない。

 ただ、「おしゃべり力」があり過ぎるのは、過ぎたるは及ばざるが如しでいけない。そういうおしゃべりな人は、得てして自分だけが喋って喋って喋り捲り、他の人に話す機会を与えない。中には電話で一方的に喋り相手を聴くだけにしてしまう人もいる。

 結婚式の挨拶は短いに越したことはないと言われる。長々と話すのは聞いている方がうんざりするが、会合などで延々と話す人がいる。そういう人は自分の話に酔っているのだとしか思えない。

 おしゃべりは楽しくていいものだが、相手や周りの人のことも思いやって、話すべきだと思う。二人ならキャッチボール、3人以上ならバレーボールのように貰ったら必ず返すことが大事である。

                   ―H.S.―

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