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2013年9月23日 (月)

水森かおりコンサート

14日に「水森かおりメモリアルコンサート~歌謡紀行~」が金山の日本特殊陶業市民会館であったので聴きに行った。

 実をいうと私はこの歳になるまで、歌謡ショーは一度も見たり聴いたりしたことがなかった。たまたま知人から水森かおりのコンサートの券が安く手に入るからということを聞いて一度見てみようと思ったのであった。

 私は元々「演歌なんてどこがエーンか」という方であった。淡路のり子が昔そのようなことを言って有名であった。それで我が意を得たりと思ったのかも知れなかった。

 カラオケに行かなかったのは、歌われる歌は演歌が中心だからであったが、カラオケに行くようになっても、演歌は余り歌わない。

 ただその中で水森かおりの歌は幾つか持ち歌になっている。そもそも水森かおりの歌を初めて覚えたのは、「熊野古道」であった。ちょうど熊野古道のキャンペーンをやっているときに熊野神社本宮に行ったが、あちらこちらにポスターが貼ってあった。それで覚えようと決めて帰ってから覚えたのだ。

 「熊野古道」はいい歌で十八番の一つとなった。その後名古屋ドームの催しでたまたま水森かおりが出演したのに出くわした。その時は「松島紀行」の売出しの頃であった。それでそれを覚えた。その他に好きな歌は、「ひとり薩摩路」B面の「白川郷」などがある。

 今回のコンサートは「ひとり薩摩路」と「熊野古道」から始まった。それから「安芸の宮島」などが歌われた。

 観客は年配者がほとんどであった。私は17時からの部に行ったのだが、13時からもやっており、両方を聴いた観客もいたので驚いた。熱烈なファンは法被やTシャツを着ていたり、ペンライトを掲げていたりして前の方に陣取っていた。

 私は運よく中央の前の方の通路側の席であった。水森かおりが石原裕次郎やペギー葉山など有名な歌手のカバー曲を歌いながらステージから降りて、通路を通り、観客と握手をした。ちょうど私のところにも来たので握手をしてもらった。掌はちょっと冷たかった。

 歌いながら1階席の最後まで行き、ステージに戻る途中も握手、握手で大変なサービスであった。カバー曲なのに諳んじて歌い続けたのには驚いた。

 司会者は「西より東」という変わった芸名の人であったが、良くしゃべる司会者でちょっとしゃべり過ぎかなと感じた。水森かおりも負けずにしゃべっていたが。

 水森かおりは司会者も言っていたが、笑顔を絶やさずサービス精神が旺盛であった。芸能生活18年、紅白連続出場10年で、最後のステージは昨年の紅白に出たときの桂由美による衣装であった。イチゴのかき氷のようだと笑わせていたが、ピンクの素敵な衣装であった。

 その前の舞台では、珍しく浴衣で歌ったが、いつも洋装の彼女にしては意外であった。彼女自身もサービスだと話していた。

 「鳥取砂丘」「五能線」「ひとり長良川」「松島紀行」などよく知られた持ち歌を歌ったが、歌い方は朗々としていて演歌っぽくないのがよかった。彼女が着物を着ないのもその歌い方に関係があるのでは・・・?と思った。ご当地ソングの女王として、詞の内容は失恋とか果たせぬ恋の歌が多いがそれを暗くなく歌うのがよい。

 歌い方の特徴はもう1つ、最後を伸ばして歌うことである。その息の長さには驚かされる。14日だけでツーステージをやったのだが、驚くタフさである。

 最後の方で新曲「伊勢めぐり」を歌った。そして最後の曲では「かおり」コールを入れて欲しいと言ったのでみんなで「かおり」と叫んだ。

 大衆歌謡ショーは初めてであったが、楽しめた110分であった。

                      H.S

  

 

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