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2014年1月12日 (日)

blogを始めた原点

  blog私が所属している児童言語研究会に参加した頃、当時東京都立大学の教授であった大久保忠利先生が理論的な指導者であった。

 大久保教授は国語学者として有名でNHKなどのマスコミにもよく出ていた方である。その大久保先生を、私は勝手に師だと思っている。

 毎年夏の夏季アカデミーや熱海で行われた合宿研究会でいつも一緒で、親しく教えて頂くことができたからである。

 大久保先生が、いつも言っておられたことの一つに、「書き慣れノート」というのがある。とに角書くことが大事で、書くことに慣れることだという意味だ。

 先生の字は、大変な乱筆で、葉書を頂いても判読に苦しむほどであったが、とにかく書くのは速く、いつでも、どこでも・・・という感じであった。

 熱海の温泉で一緒に風呂に入ったとき、ペンと葉書を持っておられた。私が驚くのを見て、「君、風呂の中でも書くんだよ」と言われたことを鮮明に思い出す。

 鋭く深い思索で日本文法についても理論化したものを持っておられ、”大久保文法”と言われていた。

 先生から直接聞いたことで「国連に登録されている日本語文法は400以上ある」ということがある。それを聞いたとき、そんなにも文法の説があるのかと驚いたものである。当時私が知っていたのは、学校文法、橋本文法、時枝文法ぐらいのものであったからだ。

 先生は、文章が書けるようになるには書くことだと言われた。昨日も書いたように、私は作文が苦手であったが、高校ぐらいから書く機会が増えて自然に書くことが苦痛で無くなり、教員になってからは、研究物、学級通信など毎日何か書いてきた。

 もちろん読むことも大事で、書く、読むは車輪の両輪のようなものだと思う。児童言語研究会では、読むことの研究を続けているが、先生はその理論的支柱でもあった。

 私が書くことで大きな影響を受けたのは、他に日本作文の会の作文教育がある。この会は戦前から綴り方教育で知られた伝統ある会である。愛知にある作文の会にも所属して指導法の研究を続けた。

 その中で学んだことは、対象をよく見るということである。そして詳しく叙述するという書き方だ。それで私の書き方にその影響が残っていると今でも思うことがある。

 もう1つ大事にしていることは、誰にでも分かる文章を書くということだ。学級通信を書く場合、読み手である親の学力はピンからキリまである。だから子どもが読んでも分かる文章を書くように心がけてきた。

 blogでは時には難しい言葉も使うことがあるが、それは文章のレトリックとしてである。(使ってしまった!)有体に言えば、恰好をつけるためと言ってもよい。

 blogを書くときに、先ず、新聞のように、結論とか大事なポイントを述べてから、書いていくとよいと言われる。確かにそれは大切だが、私は、日記のように継時的に書くことも多い。

 昔(明治から昭和中ごろ)の人が書いた文章には、大事なことが最後の方に来ることが多かった。高校までに習ったこともそのような文章構成法であったと思う。いわゆる「起・承・転・結」という書き方である。戦後、外国の影響で今のような書き方がよいと言われるようになったのだ。

 blogは随筆だし、公開日記のような側面もあるから、書き方に拘る必要はないと思う。気ままに、気楽に書けばよい。

           H.S

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