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2014年7月27日 (日)

石田天海50年の歩み ①1

 ★マジッシャンなら誰でも知っているマジック界の巨匠「石田天海50年」の著書を読んでいる。全文ではないが抜粋しながらご紹介させていただきます。

  石田天海50年

 私の家は名古屋の堀川端の祢宜町で、商売は髪床屋だった。今日のように立派な設備があるわけでなく、来るお客をはしから縁側に座らせて、ちょん髷を結いあげる髷床であった。

 来る客はお役人ばかりだった。近くに堀川端があって、それに有名な納屋橋がかかっていた。その西には、徳川様の米の倉庫がぎっしり建ち並び、東は鈴ヶ森のようなおしおき場になっていた。

 私は明治22年12月1日に髪床屋の奥座敷で生まれた。6人兄弟の3男坊主で、父母の晩年の子として弱い弱いと言われながら育った。父林之助は大の酒好きで、こもかぶりの四斗樽をいつも据え、お銚子を林のごとく並べるのが慣わしだった。

 習字とそろばんを習ったのが7つの頃であった。ちょうどそのころ、近くに出来た共立尋常小学校に八歳から入学した。当時の小学校は4年制だったが、この4年の間に実は奇術というものに初めてぶつかり、それが心の底に焼きつくことになった。

                          M・O

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