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2014年9月 3日 (水)

石田天海・奇術50年の歩み ②

  ある時、広小路の東の今の7軒町のあたりにあった楽天地に、お化けの見世物小屋がかかった。何でも夏の事で、友達を誘って見物に出かけた。

  覗いてみると石碑に搭婆、破れ提灯の灯がスーと消える。その後、たちまち提灯が骸骨に変わってしまう。あっと息をのむうちに、それが又元の提灯に変化するのだ。

 これが奇術のからくりだとは知らなかった。余り不思議なので、二度三度と見世物小屋に通うようになった。しまいには、どうしてもそのからくりが見破りたくなり、体の小さいことを幸いに前の方からもぐりこんで、とうとうその種を知ってしまった。

  さあ、それからが大変、ミカンの空箱を集めて板硝子をはめ込んだりカンテラをとりつけるやら苦心惨憺の末、小型の見世物小屋が出来上がった。

 幸い姉の「えい」が豊竹の浄瑠璃と西川流の名取りで家に稽古場があり、夜になるとその稽古場に近所の友達を駆り集めた。そして、力作の変化箱の披露に及んだが、友達が目を白黒して驚くのを見て、我ながら悦に入ったものだ。

  この仕掛けは、後述する幻茶屋」というもので、フランスのパリで流行したものがアメリカに渡り、続いて日本にお目見えしたのだった。 当時としては、「世界無比、奇々妙々、不可思議のお化け屋敷]、として人気を集めたものだ。

  その頃、名古屋御園座では地球斎イルマンと称し「ノアの箱舟」の大奇術で、その箱舟の中から人と動物を出す奇術を公開していた。かれは、「切支丹魔法術」の看板を掲げ,耶蘇服を身につけ宣教師イルマンを気取った。

                      M・O

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