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2014年11月14日 (金)

石田天海 奇術50年の歩み ⑤

 十数人の天洋一座の中で、私は司会もやれば音楽もやりコミック奇術や後見役も買ってでて、妻のおきぬもいよいよ本腰を入れて奇術のステージを踏むようになった。

 しかし、芸が進む程に、この一座に飽き足りなくなり、夫婦で秘かにトランクを持って、座員が寝静まるのを待って旅先の宿を抜け出した。夜逃げである。落ちのびる先は名古屋と決めていた。

 大きなトランクを提げて、二人は名古屋駅に降りた。それからの名古屋生活は、奇術を生かす場を活動写真館に求めて回り歩いた。みじめと云えばみじめだが、何の気兼ねの無い気楽な生活がしばらく続いた。

 そんなとき天勝一座の支配人野呂辰之助氏が、私ども夫婦をわざわざ名古屋まで迎えに来て入座を勧めてくれた。

 入座の条件は、座員の指導と技芸を舞台にかける幹部待遇ということで、日給が二人で五円の契約で、三年勤める毎に千円の賞与を出すと話がまとまって、以来、天勝一座での生活が長く続いた。

 今から見ると五円の値打ちは大したもので、どんな高級旅館でも一泊一円が相場の時代だったから、それに千円の賞与が出た時等は笑いが止まらなかった。

 その後天勝は、支配人の野呂氏と結婚し、同氏の卓抜な識見と企画があたって、圧倒的な人気を行く先々でかち得た。

 高橋是清内閣の大正十一年、英国のウインザー公が来日された。その時総理のお声がかりで、大正天皇とウインザー公に奇術をご覧に入れることになって、首相官邸が会場にあてられた。

 その時、天勝は水芸をやり、私はカードとボールをお目にかけた。しかし、宮内庁のお役人がなかなかやかましくて、「演技中は天皇を見てはいかん、必ず横を向いてやれ」と言われて、これにはほとほと閉口した。

                      (M・O)

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コメント

天海さんは凄い人と思うが、それよりも妻のおきぬさんの内助の功は如何なるものかとほどほど感心する。

投稿: 鍋の華 | 2014年11月15日 (土) 09時33分

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