グルメ・クッキング

2016年1月 6日 (水)

そば打ち

自称、馬車馬のNKです。新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 昨年末は、「手打ちそば」を打ちまして、北海道から名古屋まで発送いたしました。その中でマジックとは関係ないですが、ブログへのリクエストがありましたので軽くアップします。

実はわたくしはそば打ちの免許を持っています。全国麺類――――協議会、初段です。マジックよりキャリアは永く15年以上たちました。3年掛けて初段を頂きました。落選1回の劣等生です。

個人で師匠について習っていましたが「教室を」という事で「遠州手打ちそば愛好会」を立ち上げ、事務局を務めた経緯があります。立ち上げるまでと解散までいろいろ話がありますが紙面上無理です。

今までのトピックとして、友人に「店を開いたので一回/一週間」やってくれないかとの話もありました。

自慢はこのくらいにして現在は年1回の年越しそばのみになりました。下手になりました。でも味、口から胃までの特殊感はゆで方次第で、店では味わえない美味しさだと自信を持っています。

その為地元の友達はお返しを毎年用意しており、今年の最高品は遠州特産のメロン、スイカの少し小さめ店でも売ってない?1万円前後。大変な実績、期待と想像してください。

遠方からはメール,電話を頂きますが、美味しさの表現2分以上の褒め言葉がないと翌年送りません。

クラブでチャンスがあればごちそうしたいですが、いただく条件が難しいので、ついでにとはいかない点と、蕎麦のうんちくが言える人でないと「猫にーーーーー」。

ラーメンはテレビでいろいろ放映されていますが、そばはラーメン程パンチ力がなく「わびさび」の世界で、俗にいう「通」でないと、ただ食べて納得のいくものではない。

 とは言ってもマジックの発表会の如く、まだまだ満足した蕎麦を打ったことがない。美味しさは粉が勝負なので北海道さんの粉を冷凍庫に保存して使うが、今年は香りが今一。来年を期待。

手打ちそばに興味のある方があったら数回に渡ってアップしたい。それには交通事故のハインリッヒの法則をあてはめたい。ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが導きだした法則ですが、1件の重大な事故や災害の背後には、29件の軽い事故・災害、そして300件のヒヤリ・ハットがあるとする法則です。

 興味のある方はコメントにメッセージをのせてもらいたい。1件あれば30人の期待3件以上あれば100人の応援だ。3件以上あったら続編を書きたい。

 今年も言いたい放題でよろしく!

     馬車馬のNK

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2014年11月 8日 (土)

意外な発見!刀根柿を甘くして食べる

秋になりリンゴや梨や柿やミカンなどが出回り、毎日食卓にのせている。次郎柿が出始めたし、富有柿ももうすぐでて来る頃だ。私は柿も大好きで楽しみにしている。

  柿で1番早く出るのは刀根柿である。刀根柿は渋柿の渋を焼酎で抜いたものである。渋柿は壺形のものが多いが、刀根柿は見た目は甘柿のようである。

  渋抜きをした柿なので甘柿とは違った甘みである。それで私はこれまで刀根柿はあまり食べなかった。ところが今年和歌山産の刀根柿が安いときがあり、思い切って1箱買った。残り少なくなった頃柿は柔らかくなり甘みがぐんと増していた。

  それで刀根柿もいけるじゃないかと見直した。先日柔らかくなった奈良県産の刀根柿を安く売っていた。店員が甘いよというので買ってきた。

  食べようとしたが、柔らかすぎて皮がむけないので、妻がヘタのところを切り取り、スプーンで食べたらとっても甘かった。食べているうちに皿の上に柿の汁が一杯溜まった。柿のジュースである。飲んだら甘いのは当然だが立派な柿のジュースであった。

 妻に「柿のジュースって聞いたことがないね」と言ったら、同感であった。梨のジュースはあるかと尋ねたら売っていると言った。「どうして柿のジュースはないのだろう」と言ったら、妻は「汁があまり取れないからじゃない?」と言った。そう言われれば確かに柿は水分が少ない。十分熟すまで待ってジュースをとるのも大変だろう。

  ところで刀根柿のことだが、買って来たらしばらく置いておいて柔らかくなったら食べると甘みが強くなることを知った。刀根柿のシーズンはぼつぼつ終わるが来年からは刀根柿をもっと食べようと思う。

 柿は他の果物と違って実が柔らかくなって崩れかけても食べられ、甘みがます。そこが柿のよいところである。ただ、完熟の柿は甘柿より渋柿の方が甘い。私のもう1つの楽しみは、「富士柿」(ところによっては江戸柿)を買って1か月ぐらい放置して柔らかくなったのを食べることだ。先日富士柿を見つけたので買ってきた。

             H.S

「富士柿 画像」の画像検索結果

 

 

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2013年1月 6日 (日)

我が家のおせち料理

正月の2~3か月前からあちらこちらでおせち料理の宣伝が盛んとなる。新聞の折り込みチラシにもよく入るようになる。スーパーや百貨店などもお節料理の売り込みに必死の様相だ。

 1万円以下の物から10万円以上もするものまで値段も幅広いが料理の種類もいろいろである。最近は、和食の他に、西洋料理、中華料理やミックスまである。

 我が家ではお節料理は妻の手作りだ。以前は妻が暮れの25日頃から手の込んだお節料理を作っていたが年を取るに連れてやらなくなった。2年前から娘や婿も手伝うようになり、娘は出し巻を作り、婿はきんとんを作る。

 出し巻には赤エビをフードプロセッサーで砕いて入れて上手に作った。またきんとんは栗と鳴門金時を使ったのでとても良い味に仕上がった。

 黒豆は丹波篠山の豆を使って妻がふっくらと作った。私が子どもの頃、他所の家ではどこでもシワシワの黒豆を作っていた。私の母だけはふっくらとした黒豆を作っていた。私は、母は黒豆を作るのが下手だと思っていたが、実はそうではなかったということを知ったのはずっと後になってからであった。なお、丹波黒豆にも滋賀県産などがあることを知った。やはり京丹波の黒豆がいいと思う。

 数の子は大好きなので欠かせないが、柳橋卸売市場で不揃いの数の子を売っているのを見つけてそれを買った。不揃いというだけで安く買えたが味は変わりがなかった。

 田つくりも今年は値段の安い割に品質がよかったのでおいしいものができた。なますも昆布巻きも手作りである。結局でき合いを買ったものはワカサギの佃煮とイクラと蒲鉾くらいのものであった。千枚漬けはもらいものだ。

今年の雑煮は澄まし汁に好みの数の餅、蒲鉾、ほうれん草、柚子、花鰹などを入れた。

 自家製のお節料理は、飴などを使わないので、自然な味付けにできるから好みの味になってよい。売っているお節に比べて大変地味であるが手製のものが良いと思う。

 大晦日の夕方に婿が百貨店に行ったら、おせち料理が半額になっていてサラリーマンの行列ができていたそうだ。売れ残るといけないので半額セールをするのだろうが、それに眼を付けて買いに行くのも抜け目がない。

 でも、おせち料理は買ったことがないので、的が外れているかも知れないが、例え上手でなくても手作りで作るのが最高だと思う。

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                ―H.S.―

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2012年11月 9日 (金)

レクチャー・ワインと日本酒の比較―④―

参考資料をもとに続きを書く。

 「麹」についてである。麹とは、麹菌というカビを蒸した米に人工的に繁殖させたものである。このカビは「酵素」のかたまりである。カビと聞くと、例えば正月に残った餅を放置してカビさせることがある。青や赤のカビが生えた餅を水に入れて置いてぜんざいなどにしたものである。蜜柑もよくカビるがこれは食べられない。

 だからカビと聞くと嫌なイメージが湧くが、酒を造る「麹」は極めて有用なものなのだ。それなくして酒は造れないのだから。

 「酵素」とは何か。人間は生まれながらに3000種以上の酵素をもっているそうだ。唾液に含まれる消化酵素は誰でも知っている。食物をかみ砕いたとき混ざって体内に吸収しやすくなるのだ。

 では、日本酒の麹菌から作られた酵素は次の二つが主なものである。

①米を溶かす液化酵素

②できたデンプンをブドウ糖に変える糖化酵素

 米を溶かす酵素の力が強ければ、よく溶けて、味のボリュームが上がるという。デンプンをブドウ糖に変える酵素が弱いと酒がうまくできないという。そこで「どういう日本酒にしたいか」という設計図のもとに、酵素のバランス、ちから加減を設計して造るのだ。

 麹の造り方は

①精米する

②米洗って水を吸わせて蒸す

③蒸した米を「室」(むろ)に入れ、温度と湿度をコントロールする。室温は30度。そこで麹菌を蒸した米に定着させる。

④最初の24時間は、そのまま保温保湿で過ごさせる。24時間後米の温度は36度ぐらいになる。

⑤最終的に約30時間かけて43度を目指すという。

 このようにして麹を造るのだが、菌を定着させてから、かける時間によって造られる酵素の比率が違ってくるのだそうだ。それによって質、量の違いができ、味や香りが異なってくるのだという。酒造会社によって違いが出るのはそのためである。

 日本酒には、「酒造好適米」が認定されているし、同じ米を使っても精米歩合が異なる。それで品種、精米歩合によっても麹の中身に違いが出る。

 日本伝統食品の祖、麹は遣唐使が持ち帰ったと思われるという。700年ごろの書物に麹が現れるという。「糖」は米偏に唐で表す。

 ところで、中国の麹と日本の麹は似て非なるものだという。日本に伝わってから、日本の民族性、気候風土が加味されて変化し、進化を遂げたものだ。

 中国の麹は米を洗わずそのまま麹へ誘導するが、日本では、米を磨き、洗い、蒸す。そこに大きな違いがある。

                 ―H.S.―

 萬乗酒造 http://kuheiji.co.jp/index.html

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2012年11月 7日 (水)

レクチャー・ワインと日本酒の比較―③―

これから書くことは、レクチャーで話されたことではなく、参考資料として配られた資料に基づくものである。

 レクチャーの後出された質問、「日本酒が世界に普及しない理由は何か」の答えとして、ニコラス准教授は、「麹」の存在をその一つにあげていたことは先回書いたとおりである。

 ここで「麹」について、資料をもとに紹介したい。

 日本酒もワインも「醸造酒」という枠でくくれば同じ仲間と言える。しかし、製造方法からみると全く違っている。日本酒の原料は米、水、麹、酵母であり、ワインの原料は葡萄、酵母である。

 もう少し詳しくいうと、日本酒は、米(澱粉)を麹(カビ)の力で糖化しブドウ糖の液体にし、それに酒酵母を加えて発酵させてアルコールを造ったものである。(糖化と発酵は並行して行われるという)つまり、「並行発酵」である。

 ワインはブドウ糖に酵母が作用して発酵させアルコールを造ったもので、単発酵(糖化させる過程がない)である。だから西洋人は、麹カビのことを知らないのだ。

 日本酒を造るには、米を麹の力を借りて糖化させるプロセスが必要なのである。これは大変な作業だが、利点としては、米は持ち運びができるのでどこでも酒を造ることができることだ。

 麹とは、麹菌というカビを蒸した米に繁殖させたもので酵素のかたまりである。この酵素の力で澱粉をブドウ糖に変えるのである。日本酒のでき具合は麹の出来具合で決まるのである。

 ワインの場合、葡萄をつぶしてジュースにし、酵母が加われば発酵が始まるのだ。ただ、葡萄がないとワインを造れない。だから葡萄畑の近くで造られるのだ。

 では、麹とは何か?

            =H.S.=           ―つづく―

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2012年11月 4日 (日)

レクチャー「ワインと日本酒の比較」―②―

江戸時代、日本酒は畿内の京都と兵庫で造られ、江戸や地方に運ばれた。畿内で酒が造られたのは、富裕層が酒に金をかけ、上等な酒を造るようになったからだ。それ以前、室町時代に奈良の寺でろ過、火入れなどの新しい技術が開発されて、保存や長距離輸送ができるようになったのだ。それに加えて樽廻船により海上輸送が盛んとなったことも関係している。畿内の酒が江戸に行くので「下り酒」と言われている。

 明治時代になって酒造りは産業化した。そして鉄道という交通手段により日本中に広まった。酒は米とよい水があればどこででも造ることができるので全国に普及した。しかし、現在でも京都と兵庫で45%もの酒を造っている。

 ワインは酒と違い、葡萄がないと作れない。フランスのボルドーはワインの生産地として有名であるが、ここはもともとは沼地であった。それを改良して農地にしたのだ。葡萄の適地であったからではなく、政治的に決められたものであった。

 イギリスでは気候から葡萄を作ることができない。ボルドーで造られたワインは船でイギリスに輸出された。そして北欧へと広がっていった。

 ワインと酒の共通点は、どちらも交通手段と消費地である。ワインは船とイギリス、酒は船と江戸、という訳だ。

 ところで、ニコラス准教授は、次の飲み方について二つのフレーズを示した。

  ①食べながら飲む

  ②飲みながら食べる

 さて、どちらがワインでどちらが酒かわかるだろうか。しばらく考えてみてほしい。

 彼は、ワインにはソムリエがいるが日本酒にはソムリエがいないと指摘した。そして日本酒にもソムリエがあった方がいいのではないかと言った。ソムリエがいないのは、日本食と関係があるのかもしれないといい、例えば蕎麦屋とかウナギ屋とか特定の食事を扱う店が多いことをあげた。

 酒とワインは影響し合って飲み方が変化してきたという。ワインのように酒を飲んだり、酒のようにワインを飲むということがあるという。日本酒にもワインを意識して造られたものが出てきた。

 さて、先ほどの宿題はどうだろうか。

①はワインで、②は酒である。

 酒は肴と一緒に飲まれ、最後にご飯となる。日本人が酒を飲んだ後ラーメン屋などに行くのは西洋人には驚きだという。ワインは食事と共にあり、パンとも出される。

 昨日の、コメントに書いたのだが、「酒なくて なんでおのれが 桜かな」は、古典落語「長屋の花見」や「寄合酒」に出てくる川柳だが、江戸っ子(当時の日本人)の酒の飲み方をよく表している。寄り集まって賑やかに歌や手拍子や踊りで飲むのが日本酒という一面がある。もちろん茶道の懐石に供される酒はその反対の静のものである。

 ワインはというと、何か教養を必要とする雰囲気がある。特にフランス料理の場合はその感じが強い。だからソムリエにアドバイスを・・・・となるのだろう。

 レクチャーの後、日本酒の試飲があり、緑区の九平治酒造のワインを意識した大吟醸酒と原酒が出された。大吟醸はさすがにいい味がした。

 私は、日本は世界に冠たる「発酵文化」をもっているとニコラス氏に話した。酒、味噌、醤油、各種漬物、納豆、酢、なれ寿司、麹、酒粕・・・・それらは日本人の健康に大いに貢献している。

 白玉の歯に染み透る酒は静かに飲むべかりけり(牧水)

 

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2012年10月28日 (日)

レクチャー「ワインと日本酒の比較」―①―

 日本酒とワインを比較し、共通点と相違点についてのレクチャーを聞いた。主催は、アリアンス・フランセーズ愛知フランス協会であった。

 この協会の館長がまだ日本に来たばかりで、日本語を学習したいというので、愛知国際プラザの日本語教室の学習者となり、たまたま私が担当したのだ。

 彼が21日に「日本酒、日本固有の酒」というテーマでレクチャーがあるからよかったら来ないかというので出かけた。

 講師は、名古屋大学の准教授で、まだ若いニコラス・ボメールというフランス人であった。彼は、博士論文で日本酒を取り上げたのだという。この分野における日本酒に最もよく通じたフランス人だといえよう。

 彼が日本酒と出会ったのは、2002年に会津であったそうだ。日本酒に魅せられてワインとの比較研究をすることにしたのだ。ヨーロッパでは酒の製造方法を知らないので、日本酒はアルコールが強いと思われているそうだ。

 安土桃山時代に日本に来たフランシスコ・ザビエルは、日本には葡萄がないので米のワインを飲むと記しているそうだ。酒を米のワインと定義し、飲み方はワインと同じであると書いている。また、ワインのかわりにミサで使ったこともあるという。

 ワインも日本酒も宗教と関わりがあり、普及に連れて文化となった。ワインはメソポタミヤに起源をもち、ギリシャではディオニソス、ギリシャ語のシンポジウムは饗宴を意味し、ワインが使われた。ローマではバッカスと変わったが、豊穣、生殖などを象徴した。ローマ時代には全地中海へ広がった。

 イエスキリストは、カナの奇跡で水をワインに変えた。また最後の晩餐ではワインが使われている。ワインはキリストの血でありキリスト教とは切り離せないものである。修道院では葡萄畑があり葡萄が栽培されている。

 やがてヨーロッパ中に広がった。そして今やワインは世界規模に広がっている。

 日本酒は、もともとは中国の揚子江あたりから作り方が伝わったものである。神道と結びつき神々へ奉納された。

 稲作が行われる日本では、米を原料に酒が造られたが、水、米、発酵により奇跡の飲料として、神事、結婚式、祭り・・・・などで使われている。しかし、儀式だけでなく、喜びの飲料でもあるのだ。日本酒は日本の酒という意味である。日本だけで造られた。

 ヨーロッパでは斜面に葡萄畑が広がり、美しい風景となっているが、日本では稲田だけで地味である。

 ワインと酒は文化の中心にある。フランス人1人年に160リットルのワインを消費ししている。日本酒が最も多く造られたのは1930年ごろでアルコール飲料の80%を占めた。

 彼は質問に答えて、日本酒がワインのように普及していないのは、一つには麹を使って造ることであり、もう一つは、日本が世界に進出してまだ歴史が浅いことも関係していると言った。

                 ―H.S記つづく―

 

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2012年8月30日 (木)

おいしかたサツマイモのつると葉っぱ

名古屋華マジカルグループの合宿参加のため名鉄ミュー特急に乗った。会員のMさんご夫妻と一緒になったので話しながら行った。Mさんがサツマイモのつるを食べたというので、詳しく聞いてみると、お宅の畑でサツマイモを作って伸びすぎるので切って食べるのだと言った。

 しばらくサツマイモ談義をした。Mさんはサツマイモの葉は捨てているのだと言った。私は戦時中や戦後にサツマイモのつるや葉をよく食べた経験がある。「葉っぱも食べられておいしいよ。」と言った。私の脳裏にサツマイモの葉っぱの食感が蘇った。

 Mさんが「もし、欲しければ家にくればあげる。帰ったら取りにいらっしゃい。」と言った。

 合宿から帰って次の日、Mさんのお宅に伺った。Mさんのお宅は街の中なのに広大で屋敷の周りは畑などになっている。その一角にサツマイモが植えられていた。Mさんは鎌を持って適当につるを切った。芋はすでにできているので切った部分は不要なつるなのだという。

 つるを一抱え貰って家に帰った。妻が葉のついたつるを外して、さらに葉と茎に分けた。

 昔子どもの頃は茎を生のまま指で皮をむいたので指が黒っぽくなったのを覚えている。Mさんはゆでてから皮をむくと汚れないと教えてくれたので妻にもそうするように話した。

 夕食のとき、茎と葉っぱが調理して出された。茎は短く切っていためてあった。歯ごたえがあっておいしい。

 葉っぱは茹でてからちくわや卵と合わせて煮てあった。柔らかくて癖もなくとてもおいしい。芋の葉は茹でるとすぐに柔らかくなりすぎるので要注意だ。残りの葉は味噌汁に入れてあったが、これもよかった。

 妻は、「芋の葉はモロヘイヤに似てるね」とい言った。確かにその通りである。戦後67年、久しぶりにサツマイモの茎や葉を食べたが、今にして思うと子供時代栄養不足や食糧不足を補う最良の食材であったのだ。

 また、Mさんにサツマイモのつるを分けてもらおうかと思っている。

                          ―H.S―

 

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