旅行・地域

2017年8月23日 (水)

クロアチアの旅 ⑤

旅行も終盤となり、クロアチア・ドブロクニクからドイツのミュンヘンへつきました。親子二人旅は、お任せコースで安心。楽しい有意義な旅となったことに感謝です。思えばこれから何回の海外旅行かなとつい考えてしまう。

今回の旅は、プレミアムエコノミーの席で楽々、、高齢者は、ビジネスクラスは経済的にちょっと痛いが、サービスはビジネス待遇です。新聞何誌か選択できる、洗面道具やスリッパ、各種アメニティ付き、ビジネスで提供されるデザートや飲み物が提供される。何よりも空港では、ビジネスラウンジで麺類や寿司、海鮮料理、洋食、デザート、果物等好きな食べ物が一杯。

WIFIやパソコンも完備。チエックインでは、優先カウンターで受付をしてくれた。預けた荷物は、プライオリティで先に出てくるので、長く待たなくても良かった。そしてプレミアムシートで、ゆったりの旅ができた。ANAのコマーシャルになったかしら?

これなら80歳過ぎても健康ならば行ける、ひょっとしたら飛行機嫌いの夫だが、揃って行けるかも。まだまだ年を忘れて夢広がる旅でもあった。ミュンヘンに着いたらマジックショップによって、珍しいマジック用品を購入するようにと鈴木先生からの依頼を思い出したが、時間が限られていたので出来なかった。残念。

ミュンヘンのホテルは、ヨーロッパらしいエレガントな部屋で大好きなフルーツが毎日(2泊)テーブルの上にあった。甘くて美味しい!今回の旅では一番素敵なホテルだった。内装や調度品が時代を感じさせる。素敵!又、位置的には、ミュンヘンのど真ん中、カールス広場に面しており観光客が一番集中する目抜き通りを目の前にして一望。迷子になってもすぐ分かる、そんな立地条件に位置していた。

ミュンヘン新市庁舎のからくり時計は、10分を超えてのオルゴールの音色に乗馬騎士の戦う勇士の動きと民族舞踊団の舞に、見上げる広場一杯の観光客から盛んに送られた拍手喝采だった。又、かっての長い歴史と栄華を思わせる豪華絢爛のお城の数々を駆け足でまわり、疲れも忘れて精力的に動いた。

そして、わが故郷日本へと帰路に就く。旅行中もホテルのテレビで流れるNHKワールドで常にニュースはチエッくしていたので、季節外れの大型台風が気になった。羽田に着いたら、やはり国内線は運航休止となった。急遽、新幹線に乗り換えて無事帰名帰宅。先ずはプレミアムエコノミーで快適な旅だったことを夫に報告した。あんなに飛行機嫌いになった夫だが、「次回はプレミアムエコノミーで一緒に行こう」だった。

                         M・O

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                             ドイツ新庁舎・からくり時計広場前

 

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2017年8月22日 (火)

クロアチアの旅 ④

 ドブロクニクからボスニア・へルッツエゴビナ一へ日帰り旅行で行ってきた。明日一日の滞在でクロアチアの旅は終わりです。有意義な一日にしたいとあれこれ二人で話し合った。ホテルのすぐ前はプライベートビーチ。海岸沿いに延々と続くビーチで老いも若きもビキニスタイルが刺激的です。 

 

 4~5年前にバリへ行ったときに新調したワンピースの水着を持って行っていたが、ワンピースの水着姿はどこにも見当たりません。しかし、このまま海に入らないで帰るにはもったいないと一大決心、パラソルとデッキチエアーノセットをレンタルし、浜辺の砂浜を恐る恐る歩く。そして海に入った。

 

 

 もともと泳ぎは苦手、海水に浮く程度でもアドリア海に入って童心に帰って海水と戯れた。周囲を見渡せば若いカップルなどは、とても開放的にバカンスを楽しんでいた。娘もビキニスタイルで泳いでいた。アドリア海の海水はしょっぱかった。一時間ほどでホテルに帰った。

 

 

 今日のディナーは、クロアチア最後の夜なので、眼前にボカール要塞、アドリア海が広がる世界の絶景レストランにも選ばれている著名なレストランを予約していたのだ。眼下に海を見下ろすオーシャンビューのテラスで食事です。気品あふれる紳士淑女達が、おしゃれして静かに語らいながら食事を楽しんでいるのです。私たちもその雰囲気に酔いしれながら、ディナータイムを楽しんだ。

 

 

 どこのホテルでもレストランでも、ボーイさんをまじめ働く人たちは皆「こんにちは、有難う、どうも、さようなら」日本人としてとても親切に優しく対応して頂いた。帰りには、チーフが特別にレストラン内のワイナリーへご案内して下さった。食事中に彼女とチーフがワイン談義をしていたので意気投合したのですね。

 

 

 さて、夢の世界に酔いしれてばかりでは、いられません。ホテルに帰って明日午後は、ドイツに向けてドブロクニクを出発です。手荷物の整理と午前はお土産のチエックと買い物に出かけるつもりです。季節がらチョコはちょっと・・・。店頭の多くはラベンダーのポプリと石鹸が殆どです。とても心地よい香りを放っています。

 

 

 クロアチアの首都ザグレブに3泊、ドブロクニク3泊これからドイツです。クロアチアの旅では、「戦争と平和」を常に意識せざるを得ない旅であった。そして、「これから私たちは生きるためには」多くを学びました。

 

                         M・O

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2017年8月19日 (土)

クロアチアの旅 ③

 クロアチアの首都ザグレブ、世界遺産のプリトヴィッツェ公園等を後にして、ドブロクニクへ小型飛行機で移動です。ドブロクニク滞在中、ドライバーに依る観光案内で、日帰りのボスニアヘルッツエゴビナへ行ってきました。

 ドライバーの話によると、今日の現地は42度と話があった。時には50度まで気温が上がるという。インドやパキスタンは50度の高温の気象条件と聞いたことがあるが、覚悟は決めて出かけたが、やはり熱風が吹いていた。日陰に入ると湿度が低いので大変心地良

 車窓からの道中の眺めは、一帯が岩山石山で樹木は低木で野生のイチジクの木が延々と道路の両側に続いた。勿論、たくさんの小さな実がついている。市中のマーケットでは、小さな白イチジクの実が山と積まれて売られていた。それがとても甘いのです。

 

 国境では、警備員や職員がパスポートを確認していた。ドライバーは観光客を乗せての国境越えするのは度々なので、とても親しいような雰囲気であった。周囲には建物一建あるわけでない。この辺りは治安がかなり良いそうだ。客としても、スムースに国境越えが出来れば有難いことです。

 今日訪れるボスニアヘルッツエゴビナは、ボスニア戦争で皆様お馴染みだと思いますが、スタリ・モストと呼ばれる橋を爆破されたニュースが新聞やテレビニュースで流れてとても印象的だった。現在は戦争も終結し橋も復元されて「平和の象徴」として観光の名所となっていた。クロアチアか始め世界中から観光客の往来が盛んに行われていた。その復興した現状を確かめたいと思い現地に行った。

 現在名所となっっている復元された橋の向こうのボスニア系の住民が多く、イスラム教のコーランが流れて雰囲気の違いがすぐ分かった。宗教の違い、文化の違い、経済的には貧富の違いがすぐ理解できた。

 今回の旅行の中で、最も印象的な場面に出食わした。2~3歳と思われるおむつをした男の子供と母親のやり取りに目が止まった。母の煙草の吸殻をおもちゃ代わりに、吸っては「マーム」と茶色のフィルターのところまで吸って見せている。母親はシガレットケースから出したばかりの長い煙草を吸っているではないか。子供の顔はたくさんの湿疹がブツブツと出ていた。こちらははたばこの主要産地でもあるそうだ

 観光案内のガイドに聞けば、失業率が30%を越えるとのこと、戦争が終わりかっての美しい風景を取り戻しながらも、現地の人々の往来 まだま少ないようだ。周囲には、依然として銃弾の痕が残る建物がまだまだ残されている。悲しい過去に思いを馳せると共に、この国の真の平和の訪れを願ってやまない旅となった。

                              M・O

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平和の象徴  スタリ・モスト

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 フリーマーケット チエりーを買う

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2017年8月18日 (金)

クロアチアへの旅 ②

 若くはないこの頃、長時間のフライトが気になっていた。足のむくみ対策として、床より高い位置に持ち上げる市販のグッズ等も用意して持参した。

 しかし、彼女はプレミアムエコノミーシートを予約していた。エコノミーシート3人掛けのシートのところ、2人掛けとなっていたし、何より嬉しかったのは、ボタンひとつでレバー操作してフットレストに加えてレッグレストもリストアップは初めての経験で驚いた。

 そんなことで機内では、想定外の快適な旅となった。想像していた難関はクリア、彼女は高齢の私のために少し背伸びをしたようだ。これなら夫も一緒にこれたのではとふと思った。

 さて、フランクフルト到着後1時間30分、ようやくクロアチアザグレブです。空港からタクシーで、ホテルまで直行する。このホテルで4泊です。ちらほらと日本人らしき人があちらこちらに。ここ1~2年人気急上昇で日本からの観光客急増らしい。らしい。それにしても暑ーい。

 クロアチアは、世界文化遺産として指定された観光資源が多く、ヨーロッパから多くの観光客が集まるリゾート地でもあるらしい。ホテルの前はオーシャンビューとなっていた。プライベートビーチも広く多くの宿泊客は老いも若きもビキニスタイルでバカンスを楽しんでいた。

 プリットヴィッツエ公園等、世界遺産の観光で朝から夕方まで足が棒になるまで歩いた。心配していた膝痛は出なかった。やはり靴の選択が良かったのだろう。今回の旅は全く疲れを感じない快適な旅が続いたた。

 さて、今回も海外旅行の楽しみは、ご当地のフルーツの食べ歩きであった。朝食のビュッフェのフルーツは残念ながら、全て大味で甘味が少なかった。やはり市中のマーケットでも同様。比べてみれば、日本のフルーツの味・形・共に芸術品に等しい。オー・ワンダフル ジャパン!!!

                           M・O

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              クロアチア民族衣装の彼らとパチリ

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              エメラルドグリーン一色のプリット・ヴィッツエ公薗

 

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2017年8月15日 (火)

クロアチアへの旅 ①

 春の頃、久しぶりに「職場から休暇が貰えるので海外に行く予定だが、一緒に行く?」と娘から誘われた。昨年度も7月頃に誘われたが、私の予定が合わかったので断っていたが、今年は年齢的にも健康な今のうちにと思い、是非行きたいと決断をして7月末から8月初旬にクロアチアからドイツなど10泊の旅に出かけた。

 今までも国内外のプライベート旅行に連れてってもらっている。「旅行のプランを立てている時が、最も夢みる楽しいひと時よ」とインターネットを駆使しツアーに頼らない私の年齢に配慮したゆったり観光コースのプランが嬉しかった。

 

 当初は、クロアチアといえば北欧に位置するのかなと、漠然と想像の世界に浸っていた。お任せ旅行なので、気楽にあまり勉強もせずに出かけた。残念ながら夫は4~5年前ロンドンに出かけた後、長旅の海外旅行に出かけることに大変消極的になり、最近は2人の海外旅行は実現していなかった。

 

 めったに、グループの例会を休むこともなかったが、今回は日程の都合上8月初めの例会を休むことになった。前日の7月27日彼女の家に上京して翌日羽田から先ずドイツに向けて出発した。出発前に先ずはビジネスラウンジに寄って旅行気分も全開。搭乗後12時間してフランクフルト着、乗り換えてクロアチアまで1時間30分計13時間30分の搭乗時間でした。

 

                        M・O

「ana 国際線」の画像検索結果

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2016年5月23日 (月)

ベトナムで―②―

 空港の待合室でマジックをやるにあたって、ブログへの投稿も頭にあり証拠写真をパートナーにお願いした。以前より目立ちたがり屋の私を酷評していた彼女は拒否し、見えない他の場所に退避した。

 そこで近くにいた子供づれの東南アジア系の人にシャッターをお願いした。その場でのネタ作りで、半分以上の人は次が予想できたと思う。

 出し物はロープより入った。BGMも用意したがここでは無理。地味なマジック。近場だけの反応(10人程度)でマジックパラパラの拍手で始まった。

 私の対象は通路の向こうの待ち人100人以上を対象。もっと不思議さがわかるチェンジングバックをやった。向こう側にいる子供達も立ち上がってこちらに注目してきた。これからと思って拍手を要求した。返ってきた反応が良くなった。同期化した。

 しめしめ、ここで一発と思い、風船の飲み込みマジックに取り組んだが、1本目は破裂。2本目は思ったと通り2分程度の演技だと思う。吸う速度といい100%の出来だと思った。一瞬でわからなかったが通路も観客で通りにくくなってきたと思う。大変な盛り上がり、予想以上。

 そこへパートナーが突然どこかから現れ、「あなた何しているの!又逮捕されるよ。飛行機が遅れるじゃないの!すぐやめなさい!」それでも次の新聞復活マジックをと思いとりかかった。強制的に腕をつかまれた。以前にも入国時トラブルがあり30分以上入国係員と押し問答、入国を拒否されたことがあった。

 2度目のトラブルになったら乗客の皆さんに迷惑をかけるとの主張で、ごもっともであるが、この程度なら皆さん退屈しているので反対者はほとんどないと思っていた。

 近くのおばさん達はもっともっとと拍手攻めであった。この雰囲気を文章で表現することは難しい。想像してください。しかし一番心配してくれるパートナーの言うことに従ってやめた。

 近くにいる人からはあの風船はどこへいったか質問攻めであった。続けていたらいたら係員が止めに入るまでやっていたと思う。外国である事を忘れていた。  こんな状況で普通にもどった。感謝のお褒めの言葉もなく少しがっくりして帰途に就いた。(日本語しゃべれない?)

 飛行に乗って少し飛んだところでパートナーが吐き気をもよおし紙袋の厄介になっていた。食事も取らず名古屋でコーヒーを飲んで日本の地を踏んだ。大物でこれくらいのことはすぐ忘れる人で次の旅行では一言ご注意があることと思う。それより暑さが予想以上でへとへとだったらしい。      END        

                     馬車馬のNK

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2016年5月16日 (月)

ベトナムで

5月初旬、HISツアーで3泊4日のホーチミン旅行をして来た。私の楽しみはツアーも一つだが、団体客に交じってマジックを披露して楽しんでもらい、もう一つの観光土産として持って帰ってもらおうというのが目的で、今までも数回海外でマジックをやってきた。

今回もチャンスをつかんでやろうと、10種類ぐらいの小物マジック道具を用意し中部国際へ向かった。団体客は、私のパートナーを含めて4人。内2人は岐阜のおばさん旅行だった。この時のメインイベント2つを紹介したい。

 

1. ベトナム水上人形劇

 

 前回ハノイへ行った時、人形劇に感動したので、今回も何をさておき、現地に着いたらすぐ申し込んだ。これは中国の変面マジックと同じく、ベトナムの国技で、操作方法の機密性は高く、誓約書を入れてベトナム文化を継承している。

 わたくしは技術畑で人生を過ごした人間である。現象としては、棒の先に人形がついているだけなのに、どうやってあれだけの演技ができるか「参った、参った」の一語に尽きる。

 第一はスピードである。水の上をすごい波を立てて走り回る。人間の手で?信じられない。第二は動物、人間が水上で飛び上がって回転するが、何対も自由自在に飛び回る。堪能した。凄い!

 

2.マジック披露

 

 今回沢山用意したが、演じる出場所がなく、半分あきらめていた。考えていたことの一つが、クルーズ場面で披露するチャンスがあるということだ。

 50人ぐらいの小さな観光船である。それでも食事中は3,4人でベトナム楽器による演奏、舞踊があった。それが終わったらプロのマジックショー。サムチップ、ロープ、リングマジックで半分はオリジナル演技。他の半分はプロである為、これを使った創作マジックもあり、まずまずであった。

 私の出番はなかった。他の食事時も狙ったが、分刻みの団体旅行なので、そんな雰囲気はなかった。

 最後のスケジュールはフランス料理のディナーだった。名古屋団体4人だけの夕食。少しはと思って勘定が済んで5分程度。サムチップマジックとお札をやった。

 シェフ、ウェイトレスも黙ってみていた。岐阜の2人がもっと見たい雰囲気があった。帰りの空港で2人も当然出会う。3日も同じ行動ならば友達になる。

 マジックの続きを空港の待ち時間にやってほしいと要求があり、良い機会に恵まれた。ここから事件が始まる。書面上これ以上は無理。興味ある方は続編をどうぞ!

 

 

 

                  馬車馬のNK

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2015年5月25日 (月)

南房総半島から東京の旅  ②

 17日はスカイツリー3時に見学の予約を入れてあったので、それまでに山手線駒込駅下車で「旧古川庭園」と「六義園」を見ることにした。

 「旧古河庭園」には、石造りの洋館(太谷美術館)英国貴族の邸宅にならった古典様式の瀟洒な邸宅があった。和と洋が調和する庭として、和風庭園と、洋風庭園があり、バラの季節がらか日曜日でもありたくさんの人達で大賑わいであった。

  この土地はもと明治の元勲・陸奥宗光の邸宅であったが、宗光の次男が古河財閥の養子になった時に古河家の所有になったそうだ。(当時の建物は現存していない)

 和歌の心息つく雅な大名庭園「六義園」は、江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもので、五代将軍徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が1702年(元禄15年)築園したそうだ。和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園で、明治時代に入って、三菱の創業者である岩崎弥太郎の別邸となったが、その後東京市(都)に寄付された。

 二つのどちらの庭園も、国の特別名勝に指定された貴重な文化財である。周囲はマンションに囲まれた都会のど真ん中に、これだけの歴史、文化、自然を兼ね備えており、進む都市化の中で残された貴重な存在であり、心和む一時であった。

  昼食後、東京スカイツリー予約の時間も迫ってきた。到着したら未だに大変な人々が押し寄せていた。当日券の人は3時間待ちで、整列して多くの外人も並んでいた。幸い予約してあったが、それでも私達も30分ほど並んで待った。

  下層フロアーから、展望デッキ迄予約券2500円、更に100メートル上の展望回廊迄希望者は1000円のチケット購入後に、エレベーターに乗って空中散歩?私達も空中散歩を楽しんだ。東京タワーや皇居、両国国技館などを遠くに眺め、足の竦むような眼下にはマッチ箱のような車列の移動等、息をのむような絶景を見た。

 いよいよ小旅行の日程も終わり、明日は帰名だ。日中は昼食以外は殆ど歩いていたので疲れた。見れば新しく購入したばかりの靴のゴム底が、擦り切れて少々だが中が見えていた。それにしても、良く歩いたものだと我ながら変なところで感心。この後,身体のあちこちのの筋肉痛が心配だ。

  18日は午前11時ごろに、新幹線「ひかり」自由席に乗って帰った。東京始発なので途中迄はガラ空きであった。私たちは年齢的に3割引の「ジパング」会員として登録してある。名古屋から熱海駅や京都駅までの距離があれば3割引で購入できるのでありがたい。ようやく家路に就き、我が家へ帰ってからのお茶一杯が格別に美味しく感じた。ほっと一息、無事旅も終了し、良き思い出となった。

                            M・O

 

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2015年5月23日 (土)

南房総半島から東京の旅  ①

 5月14日より18日にかけて主人と娘の3人で、久し振りの小旅行で房総半島に2泊した。その後、スカイツリーなどに行って見てみたいという主人の希望もあり、東京都内娘宅で2泊し、東京見物をして帰宅した。

  公開講座など一連の行事等あり、最近は夫婦そろって外泊など出掛けることも殆どなかった。ようやく一段落し心のゆとりも出来、娘も仕事の都合上5月連休は勤務だったが、代休が取れたのでんびり出掛けた。

  JR名古屋駅で房総半島の岩井駅迄の切符を注文したら、売り場の係員が「少々お待ちください」と鉄道地図を広げて調べていた。それほどの観光地でもないので、初めての駅名だったそうだ。

  東京駅で合流しして、木更津、館山方面の電車に乗って岩井駅に着いた。駅から徒歩10分ようやく宿に着いた。周囲の雰囲気や植物を見て、なんとなく南国のムードが溢れていると感じた。

  15日は南房総国定公園の、海から山へ続くロープウエイで、奇岩の宝庫と云われている「のこぎり山」へ行った。山頂付近にある切り立った岩盤の上から下を見るスリリングな名所「地獄のぞき」は、目も眩む、足も竦む、身の縮むような経験であった。足元の悪い岩山の道を一日中登ったり降りたりよく歩いたものだ。

  16日は、東京都内へ移動し、のんびりウインドウショッピング等を楽しみ、娘宅で泊まった。思えば、15日から16日の2日間は、殆ど歩きづめ歩いているが岩山のアップダウンがきつかった。明日東京スカイツリ一や庭園めぐりらしい。一日中歩くらしいが・・・。日頃運動不足なので、大丈夫かな?

                            O・M

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2015年3月25日 (水)

アイスランド紀行

2015年3月まだまだ寒い日本を発ち北極圏のアイスランドに行ってきました。

 

氷と火の国、アイスランドのより寒く自然の厳しい極寒地はどんな台地か(百聞は一見にしかず)是非、見てみたかったのです。

 

セントレア空港から成田空港、コペンハーゲンで乗り換えアイスランドの首都レイキャビックに16時間余りの飛行時間。

 

アイスランドは北大西洋の真ん中に位置するヨーロッパで2番目に大きな島です。

 

隣のグリーンランドはデンマーク領なのに1944年より独立国家です。

 

 日本の北海道と四国を合わせた位の大きさです。人口は30万人位。しかも首都レイキャビックに70%以上住んでいるとのこと。

 

早速翌日から専用車で移動。地平線まで何処まで行っても凍りついた氷と雪の大地。どんどん車を飛ばしても人家は全くない。でも道路には温泉の熱が通してあるので余り凍らないそうだ。地熱発電所を見学。極寒の地でも三菱の装置で稼働されていました。

 

 至る所に間欠泉が湧き出している。日本のように硫黄の匂いはしていない。この温泉のお湯は、地熱発電に使い各家庭に暖房を引き入れているとのこと。原発もない。

 

 水道と並行して地熱の熱湯をひきこみ水道も凍らないとのこと。クリーンエネルギーだ。

 

黄金の滝グトルフォッスや間欠泉ゲイシールをハイキング。5分おきぐらいに30m位吹き上げる間欠泉は圧巻だ。またボコボコと熱湯もあちこっちで湧き出していた。

 

3年前の火山の噴火はヨーロッパの航空機も黒煙で止まったほどだ。驚いたのは地球の割れ目ギャウ。プレートに引っ張られて1年に2センチずつ離れていて国自体が北極に向かってに動いているそうだ。割れ目の中をハイキング。

 

毎夜、オーロラが見えるそうだが悪天候で一度も見ることができませんでした。

 

島の面積の11%位は氷河に覆われているので余り高い山はなく、私たちは溶岩台地のグラウブロウク山に登頂。でも下山後風速40m位の強風が1日中ゴウゴウがたがたと吹荒れ、北極圏の大自然の厳しい自然に驚きました。

 

 食事は魚をよく食べる国なので魚や野菜がよく出て、ハード系のパンはおいしく満足でした。

 

最後は世界最大の露天風呂ブルーラグーン(まるで池)に入りまったり。

 

小さい島なのに大変整った、文化的で芸術的で、建築家の競った建物も多く美しい街でした。

 

厳しい自然の中でも最大にそれを取り入れ、しかも北欧の美人が多い国でした。   

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